アッジェする


今、KYとかGKYとかCKYとか<*1>。知ってる人は知っているけど、知らない人は全然知らない言葉がいっぱい生まれていますね。こういう若者語ではないし、最近使っている人がいるかは微妙ですが、隠語(?)の類で「アッジェする」という言葉があります。意味合いは「都市の風景を撮る」といったところでしょうか。例えば、荒木経惟さんが「東京をアッジェする」などと使っていたり・・・写真家が用いる表現です。“アッジェ”は、フランス人の写真家、ユージェーヌ・アッジェ(1856-1927)<*2>のこと。彼は19世紀末から20世紀初頭のパリの街をくまなく歩き回り、都市の記録としての写真を撮り続けました。
 このアッジェの生誕150年を記念した回顧展が、マーティン・グロピウス・バウ<*3>で開かれていると知り、出かけてきました。

 アッジェ自身について少し触れますと、彼は「近代写真の父」というすごいタイトルを持つ人物です。が、それは死後に評価されてのこと。亡くなった時はほとんど無名でした。様々な職業を経験し、また多くの挫折の果てに、彼が写真の道を選んだのは40歳を過ぎてから。以降、商業写真家として画家たち<*4>に絵のモチーフ用の写真を売るなどして生計をたてていました。亡くなるほんの数年前、シュルレアリスム(超現実主義)のアーティストたち<*5>から支持されるようになり、雑誌への写真掲載を打診されますが、その際、「匿名で」という条件を設けています。彼は美の追求や芸術運動とは無縁に、あくまでもパリという街の正確な記録の蓄積に情熱を傾けた写真家だったのです。

 今回の回顧展は、アッジェの写真を多く所蔵するフランス国立図書館MoMAなどの美術館、加えて個人所蔵のものからセレクトされた350点の作品を観ることができるもの。「パリの近郊」「建築写真」「宮殿の庭」といった具合に被写体ごとに分類されており、マーティン・グロピウス・バウの美しい展示室と約100年前の写真が放つやわらなか光がぴったりマッチしていました。

残念ながら写真のある展示室内は撮影禁止なので、様子をお伝えできないのですが・・・ポスターがここからみれます→http://www.berlinerfestspiele.de/en/aktuell/festivals/11_gropiusbau/mgb_Popup.php?src=http%3A%2F%2Fwww.berlinerfestspiele.de%2Fmedia%2F2007%2Fgropiusbau%2Fbilder%2Fmbg_07_Atget-Plakat.jpg&width=389&height=550&popupwidth=489&popupheight=735&alt=&text=Poster+of+the+exhibition+%26ldquo%3BEug%26egrave%3Bne+Atget+%26ndash%3B+Retrospective%26rdquo%3B&fotograf=また、32点の作品がこちらのサイトで紹介されています→日本エロティックハウス

 古い建物の一部、路地、街角の人、ディスプレイされたショーウィンドウ・・・克明に写し出された数々の街の記録。アッジェの写真をみつめていると、まるで自分が当時のパリの街にいて、目の前の景色を実際に眺めているような不思議な感じにとらわれます。
 何故、そんな不思議な感じがするのか。それは、アッジェの写真がすべて“彼自身のまなざしだから”なのではないかと思います。彼は撮影に臨む際、テーマを決めるなどして計画的に行ったそうです。ドキュメントに徹するために、街のどこを(何を)選んでどのように撮るか。目の前の景色をみつめてパリと対話し続けた結果、アッジェはまなざしそのものを写真で残した。だから、彼の作品をみた人たちは彼と同じ景色をみて、街の喧噪を感じ、写真のなかの人物と目が合ったような気がしてドキッとすることができるのではないでしょうか。
 「こうみせたい」という作為がある写真を目にすることの多い日常で、肩の力を抜いて向き合えるアッジェの写真、そして、彼の眼を通してみたパリはとても素敵でした。

 あぁ「アッジェする」とは、ただ路地や雑踏をカメラで切り取る行為を表す言葉なのではなくて、「アッジェのようなまなざしで写真を撮ろう(世界と対話しよう)」という彼に対する敬愛を含んだ表現だったのですね。(この解釈、合っているかどうかは別として・・・)ベルリンでの生活が始まってまだ間もないこの時期に観ることができて、貴重な糧となった展覧会でした。私も日々つれづれなるままに街の写真を撮っていますが、テクニックに凝れないからこそ、感じた気持ちや自分のまなざしが伝わるような写真を。と思います。

<*1> KY−空気読めない、GKY−ごっつ空気読めない、CKY−空気読める(Cはcanだって!)
<*2> Eugne Atget―ユージェーヌ・アジェ、ウジェーヌ・アッジェと表記されることもあります
<*3> 1981年に建てられた歴史建造物のなかを改装して、現代アートの展示を行っている素敵な美術館です。「グロピウス」にン?と思った方のために付記しますと、マーティンさんはバウハウス初代校長ヴァーナー・グロピウスの伯父。
<*4>マン・レイアンドレ・ドラン、 モーリス・ユトリロ、フジタなどがいたそう。ゴージャス。
<*5>固有名詞が連発になるので省きましたが、マン・レイとその弟子ベレニス・アボットアボットが唯一撮影を許され、アッジェの肖像写真を撮影しています。